日本の肉料理は

業態研究 2.業態研究

おはようございます。
数年前、トランプ元大統領が、レストランにて熟成肉のステーキをウェルダンで注文し、ケチャップをかけて食べた、というお話が物議をかもしたことがございました。
現地米国人の反応は二つに割れ、大勢としては、反対派
「せっかくの肉にケチャップをかけるなど、味音痴はなはだしい」
という意見が優勢だった、とのことです。
ではそのステーキ本場の米国人が、ステーキになにをかけるのか、といいますと。
たとえばNYのベンジャミンステーキハウス、あるいはウルフギャングステーキハウスなどでは、専用のステーキソースを饗しており、このソースが人気を呼ぶ秘密であるらしく。
食べた方の感想としては、トマトベースのような味に、香味野菜が入ってる非常においしい味だった、とのことです。

翻って、我々日本人がトランプ氏の行為に白黒つけるならば、やはり圧倒的に黒、「ケチャップはちょっと……」という方の方が優勢でしょう。
理由は、明白です。
日本人は、肉を焼く、という、このような基本的な肉料理には、まず間違いなく「醤油ベースのソース」を合わせようと思いつくからです。
ステーキに限らず、焼肉でもローストチキンでも、あるいはすき焼き、ハンバーグ、焼き鳥に至るまで、日本人はほぼ、肉を「テリヤキソース プラス 香味野菜」のソースでいただくものです。
それはもちろん、醤油・「ジャパニーズソイソース」が、日本人の口に合い、かつ、おいしいから、という理由に他なりませんが、実は世界的に見て、この日本人の肉の食べ方は特殊…………敢えて悪し様に言うならば、「異常」とすら言える。そんな実体が浮かび上がってまいりました。

どういうことかを説明する前に、まずは世界の人たちがどのように「お肉」を食べているのか。まずはそれから見ていきたいと思います。

イタリア:
ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ……イタリアのフィレンツェで愛される、フィレンツェ風ステーキです。香ばしく表面をカリッと焼き上げた牛肉に、オリーブオイル、塩、バルサミコ酢レモンなどをかけていただきます。

フランス:
鴨等のコンフィ……比較的身質の締った鳥肉を、低温のオリーブオイルを回しかけながら焼き上げる料理です。ベリーやオレンジのソースがよく使用されます。
マリネ……フランス料理でよく使用される技法で、香味をつけた液体に肉を浸し、柔らかくしてから調理する、というものです。漬け込み用のこの液体は、オイルの他に煮切った赤ワインや、ビネガーなどが使われます。

ドイツ:
シュバイネハクセ……アイスバイン(豚の脚肉を茹でたもの)をじっくりローストして作り上げます。付け合わせとして、マスタードピクルスザワークラウトなどを添えます。

トルコ:
ドネルケバブ……日本人にもなじみある、吊してローストした牛肉(ラムや鳥肉も)を削りとり、パンに挟んで饗されます。ソースはマヨネーズケチャップレモンなどを合わせたものが有名です。
イスケンデルケバブ……前出のドネルケバブのお肉に、トマトソースヨーグルトをたっぷりかけて饗されます。

イラン:
キャバーブ……おそらく、トルコのシシカバブを取り入れたのでしょう。チェロウ・キャバーブのように、ライスと一緒に盛られることが多いです。ヨーグルトピクルスライムなどが添えられます。

アメリカ:
ハンバーガー・ホットドッグ……ご存じのように、ピクルスを付け合わせとし、マスタードケチャップで食べられています。
バーベキュー……アメリカで頻繁に行われるこの炭火焼き料理では、ケチャップウスターソースマスタードなどを混ぜたバーベキューソースが、大いに使用されております。

メキシコ:
タコス……メキシコを代表する料理です。豚肉を塊のまま柔らかくオイル煮にする、あるいは挽肉を炒める。さまざまなお肉を、さまざまな野菜と一緒にトルティーヤに挟み、トマトや香味野菜を刻んでレモン・ライムジュースと混ぜて作ったソース、サルサメヒカーナと合わせ、さらにタバスコをかけていただきます。

ブラジル:
シュハスコ……一時期日本にも多く出店されました。いろいろなお肉をこんがりと焼き、テーブルで切ってもらえます。モウリョという、サルサメヒカーナに似たソースにつけて食べます。モウリョには、酸味付けに白ワインビネガーが使われています。

インドネシア:
アヤムバカール……インドネシアのバーベキューです。サンバルソースでいただきます。サンバルソースとはチリソースに似た辛いソースで、酢やライムが入るのが特徴です。

インド:
タンドリーチキン……インドカレーのお店でなじみのある方も多いと思います。カレー風味のローストチキンです。塩とスパイスの味で食しますが、事前に肉質を柔らかくするために、スパイスと塩を混ぜ込んだヨーグルトに漬け込みます。いわゆるマリネの技法です。

もう、おわかりかと思います。上記のうち、インドだけは例外で、直接の「酸味付け」を肉にほどこしてはおりませんが、目的には沿っています。肉を柔らかく、さっぱりと食べる。世界の人たちは、そのような目的で、基本、肉を食べる時は(煮込んだりオイルコンフィにしたりと、特別に柔らかく調理を施してない限りは)「酸味付けをして食べる」というのが、基本なのです。

例外をネットを使って探してみました。いくつかはありました。例えば、中国の叫化鶏や北京ダック。トルコのシシカバブ。そして、フィリピンのリチョン。
リチョンというのは豚の丸焼きでして、塩と香草のみで食します。

なぜこのように、世界の人たちは肉を「酸味付けして」食べるのか。
言わずもがなですが、肉の脂を切ってさっぱりといただくため。そして、酸と一緒に摂ることで肉の消化を良くするため。大きく、この二つでしょう。

では逆に、我が日本において、肉を「酸味付けして」食する料理がいったいいくつあるのか、見てみましょう。

不思議と、肉に衣をつけて揚げたりと、加工を施した場合は、わりと日本人は正気を取り戻すようです。ポークチャップは豚のケチャップ炒め。トンカツはソースで食し、刻んだキャベツにレモンが添えられ、キャベツはドレッシングなどの酸味のある調味でいただきます。唐揚げも、定食屋ではレモンを搾り、せんキャベツが添えられます。ハンバーガーは、申し訳程度のピクルスが「入るときもある」程度で、せいぜい1~2枚。酸味のあるソースは避けられる傾向にあるようで、思いついた中ではマクドナルドのビッグマック。あるいはモスバーガーのモス野菜バーガー。これらに使われる、オーロラソースに近いソースのみです。

これが、肉主体の、肉を肉として食す料理に限ると、……もはやテリヤキソースを使わないものを思い浮かべることが難しい、まであります。
私が思いついた唯一の例外は、「しゃぶしゃぶ」と「鳥鍋」における、ポン酢醤油でした。

ここまで申し上げれば、日本人の肉料理に対する姿勢がいかに「異常」なのか、分かっていただけると思います。

そもそも、日本人というのは世界的に見て胃腸が丈夫な方ではありません。
なのに、敢えて「酸味」を避けて、テリヤキソースばかりで肉を食するのは、いったいいかなる理由なのでしょうか。
それはつまるところ、日本のメジャーな肉食文化は明治の文明開化における「牛鍋屋」に発端があり、それ以前の肉食文化はほぼ「鍋(煮込み)」になるからでは、と考えます。
牛鍋の存在が、その後に続く「肉食=テリヤキソース」という文化を作り上げたのだ、と、こういう理由です。

そして、そう考えると。
日本人が世界の人に対して、
「肉を最高においしく食べるには、醤油だよ」
と言っている姿が、いかにも滑稽に映ります。

世界の人は逆に日本人に、こう言いたいことでしょう。
「まずは、肉に酸味をつけることから覚えようか、日本人」
と。

今回は、業態を研究するというお題とは、いささかそれた内容となりましたが、私自身が面白く思ったこととして紹介させていただきました。

それでは、本日もありがとうございました。

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